今回お話をお伺いしたのは、病院の薬剤部長として働く荒さんです。薬剤師として20年以上のキャリアを持つ荒さんに、病院薬剤師として働き始めたきっかけや、管理職としての苦労ややりがい、さらにはこれからの薬剤師に求められるスキルに至るまで、様々な質問にお答えいただきました。
- 【1:化学部の活動が薬剤部を目指すきっかけに】
- 【2:プレーヤーから管理職へ。薬剤部長としての苦労】
- 【3:モチベーションを高める上での葛藤】
- 【4:薬剤師として働いていてよかったこと】
- 【5:あの頃に戻ったとしても病院薬剤師を選びたい】
- 【6:情報を取り扱うスキルの必要性】
- 【7:薬剤師は、今が踏ん張り時】
【1:科学部の活動が薬剤部を目指すきっかけに】
-それでは、始めさせていただきます。荒さんは、なぜ薬剤師になろうと思ったのですか?
荒 高校時代はスポーツがさほど得意ではなかったので、化学部に所属していました。この部活動が直接のきっかけになったわけではないですが、結果としてこの部活に所属していたことが、薬剤師の道を志す第一歩になりましたね。
化学部での活動はとてもおもしろくて、高校1年生のときに先輩から高校3年間分の化学の授業を全部受けました。その中でも有機化学が興味深かったです。 高校で化学をメインに学習するとなると、当然ながら進路の1つとして理系の大学が選択肢に入るわけです。偶然、同じクラスの友達が薬学部に行くということで「薬学部という学部もあるんだ」という興味から、自分も薬学部に進みました。-薬学部に進学した時点で、すでに薬剤師の道へ進もうと決めていたのでしょうか?
荒 正直なところ、薬剤師として働こうという考えはなく「研究職でもやろうかな」と思っていましたね。その頃はまだ薬学部も4年制だったので、大学卒業後は大学院に進学して有機化学を研究していました。
薬剤師になるきっかけになったのは大学院に在学中、所属している研究室の教授に何気なく「文献検索とか、そういった情報検索全般がおもしろい」という話をしたところ、「病院の医薬品情報をやっている人が非常勤講師として来ているから、ちょっと会ってみますか」という話になり、その病院に見学に行って、そのまま就職してしまいました。【2:プレーヤーから管理職へ。薬剤部長としての苦労】
-病院薬剤師として働いていて、大変だったことはありますか?
荒 朝から夜まで息をつく間もなく忙しかったことですね。薬剤師の人数も少なかったですし、一人当たりの業務量もかなり多かったので、体力的には本当にきつかったです。
-なるほど。仕事での大失敗は何かありますか?
荒 普通の調剤ミスはありましたけど、大失敗はないです。働いて1年目のときにグランのアンプルを落としてしまったことはありました。ですが、昨今の抗がん剤のようにとても高い薬ではなかったので。十何万する薬を壊したことはないです。
-忙しい中で誤って薬を壊してしまうことは、多くの薬剤師さんが一度は経験されていることのようですね。それでは、調剤の薬剤師として働いてきて「これはつらかったなあ」ということはありますか?
荒 どう考えてもおかしいことに対して、「医師の指示なんだから、言う通りにしてください!」と言われたことは何度かあります。経験している薬剤師は多いと思いますが、特に疑義照会の時などです。どうしてここまで文句を言われなくてはならないのだろうと思うことはありました。
-荒さんは薬剤師として働き始めてから26年位とのことですが、現在の薬剤部長、つまり管理職という立場では、苦労することも多いかと思います。管理職をしていて、一番嫌だと感じることは何ですか?
荒 そうですね。薬剤部長は、結局下からつつかれて、さらに病院長や事務部長から怒られるという役割なので、板挟みになりますね。
自分の部下のことは、業績や成績が良い時に「よくやったね」とか「頑張ったね」と褒めることができますが、薬剤部長はがんばって当たり前という感じなので、院長から「あなたのところはよくやっていますね」ということは言われません。誰も褒めてくれない立場なのはつらいですね。-できて当たり前というような感じは、プレッシャーにもなりますよね。管理職として、部下とのやり取りで大変なことはありますか?
荒 「現場としては確かに必要なのはわかるけれど、他部署との関係性を考慮したときに今は実行できない」と理解できることを、部下からあれこれ言われた時ですかね。「うーん、分かった分かった」と流しながらも、苛立ちを抑えなくてはいけないこともあります。
【3:モチベーションを高める上での葛藤】
-ご自身の中で、仕事に対してのモチベーションは高い方ですか?
荒 薬剤部長になってからは、それ以前までに医薬品情報室で担当していた業務とは大きく変わってしまったので、何ともいえませんね。今は管理職として、人を育てるのがメインの業務になりつつあります。
しかし、自分の中では医薬品情報をもっと突き詰めたいという気持ちもあります。与えられている仕事と自分のやりたかった方向性が違ってきているので、どうやってモチベーション上げればいいのだろうとは感じています。仕事をしながら生活を楽しむという意味では、それなりにうまくやってはいますけどね。-現場で働きたいという気持ちと管理職の業務を遂行しなければならない現実。確かにモチベーションをどうやってあげたらいいのか、悩みそうですね。
荒 はい。ですが、幸いなことに、うちの病院の薬剤部は業績もかなり上がってきていまして、服薬指導、それから病棟薬剤業務実施加算などは右肩上がりです。ただ、業績はかなりの勢いで上がってきてはいますが、対して新規で採用した薬剤師の数は1人、2人位です。そのため一人あたりの業務量も多くかなり大変ではあります。
忙殺されている中でも、「薬剤部の業績を上げていこう!」というモチベーションは何とか維持できているかと思います。-薬剤師に限らずどこの企業でも同じかもしれませんけど、現場の仕事を楽しくこなして業績が上がったら現場を離れ、今度は「教える立場」になりますよね。そこがやはり思い悩むタイミングなのでしょうね。
荒 そうですね。例えば調剤薬局では初めは一つの店舗を仕切っていたのが、エリアマネージャーを経て本部に入ったりすると、現場が楽しかった人とかはジレンマを感じているのではないかと思います。今の私も多分そんな感じです。
-いわゆる専門職コースのような制度はないのですか?
荒 ないですね。そういう話が一時期持ち上がったこともありました。管理職コースと現場で専門性を磨いていくコースを用意するという話です。しかし、最終的に実現しませんでした。結局管理職は退職していってしまうので、コース別にしてしまうと人員の補充が追い付かなくなるということが理由です。
【4:薬剤師として働いていてよかったこと】
-薬剤師として働いて、よかったことは何でしょうか?
荒 一番初めに入ったのが規模の大きい病院だったので、分野問わず勉強できたという点はよかったです。ですが、幅広い医薬品情報を扱っていたので、病院の薬剤師としては少し特殊だったかもしれません。
そしてありがたいことに、こうした自分の経験を学会のシンポジウムで話す機会がありました。その時に、実は医薬品情報の取り扱いで悩んでいる方が意外と多いらしいということを知りました。私の話を聞いて賛同してくれる方もいらっしゃいましたし、自分の経験が誰かの役に立ったことはとてもありがたいことです。-臨床の経験は少ないとお聞きしていますが、患者様から言われて嬉しかったことはありますか?
荒 入院中に対応した患者様が、退院後に外来窓口で自分を指名して相談をしにいらしてくれたことが何回かありました。長期間の服薬指導を行なったわけではなかったのですが、自分を覚えていてくれたというのがとても嬉しかったです。
-それはもう、薬剤師として嬉しいですよね!
荒 はい。精神科を回っていたときには、外来のたびに何か声掛けてくれる患者様もいらっしゃいました。
-では、医師から言われて嬉しかったことは何かありますか?
荒 「ありがとう」と言われるのが一番嬉しいです。色々な意味があるのだと思いますけど。例えば、医師からの質問に対して情報提供をした後日、「この間はありがとうね!」と言われることがあります。それはとても嬉しいです。
他にも、「こういう状況の患者様がこの薬を飲んでいて、こういう症状が出ているのだけど、薬の副作用と関係ありますか?」というような質問を受けることがあります。それに対して、「薬理作用的にこういうことも考えられるし、その患者様の病態からこうだと思います。するとこういう可能性があるかもしれないので、こうしたらいかがですか」と提案すると、「それは確かに理論的に納得できます」と言われた時は嬉しく思います。-なるほど。薬剤師として積み重ねてきた経験が役になっていると実感できた瞬間ですね。
荒 それとこれは調剤の時の話なのですが、服薬指導しても「先生から言われる通りに飲んでいます」と全く響かない患者様がいました。ある日廊下ですれ違いざまに、「最近食欲が無くて…」と相談してくれました。
「どうしてだろう?」と思い調べてみたら、本来1/2錠のところ1錠で医師がオーダーされていました。薬の副作用を早期発見できたのはすごく嬉しかったです。 普段あまりお話しする機会はなかったのですが、「なんか食欲なくてさ」というちょっとした一言をキャッチできたことが、発見の手助けになりました。【5:あの頃に戻ったとしても病院薬剤師を選びたい】
-もし新卒の頃に戻れるとしたら、今の職場で働きますか?
荒 そうですね、今の所で働くかもしれないです。医者が処方する際の考え方を直に見ることができるので、やはり病院は勉強になります。「なぜこの患者様にこの薬を出すのか」という裏付けを医者がリアルタイムで行っている姿を間近で見られることは、魅力だと思います。
また、自分がやってきた医薬品情報は、まだ個々の調剤薬局で行うにはリソースが足りないことが多いです。あと、病院は薬剤管理指導業務を行うにはDI室を設置するという施設基準があるので、医薬品情報をやるならやはり病院に勤めるでしょうね。-新卒からでも入りたいということは、満足のいく職業に就いているという証ですね。では、生まれ変わっても薬剤師になりたいですか?
荒 それは分からないですね。中学生、高校生にもう一回戻るとしたら、おそらくではありますが、農学部醸造学科に進学しているかもしれません。薬学部を卒業したのなら今の職場がよいですが、もう一度大学受験をやり直せるなら醸造をやってみたいです。
【6:情報を取り扱うスキルの必要性】
-これから薬剤師として活躍するために必要なスキルとは何だと思いますか?
荒 いくつかありますが、自分の中では「情報を取り扱うスキル」です。DIという言い方ではないのですが、コンピューターも含めて情報学という意味での情報処理などを取り扱うスキルは身に付けておいてもいいかなと思います。
プログラミングもそうですが、どこか学校に通ったりする必要もなくて自身で勉強できるものなので、特にこれからの時代は、これは勉強しておいた方がよいのではないのかと思います。例えば「アプリが作れる薬剤師」とか、そういう人もいて欲しいです。-なるほど。他には何か必要なスキルはありますか?
荒 もう一つは英語のスキルです。これから日本の人口が少なくなっていく中で、日本語で情報を発信できるだけの文化的スキルが日本の中に残ってくかという不安があります。そういう意味で、より広い情報を発信するためには英語が必要なのかなと思いますね。
自分も英語は全然できないので、できないのにお前が言うなという話なのですが。英語でどんどん情報発信していくことで日本をよくするというか、日本の薬剤師をよくすることにも繋がるのではないかと思います。 それ以外のことは、大学で学んだことさえきちんと学習しておけばよいと思います。プラスアルファで本当に必要だと思うのは、今お話しした2つです。-こうした各方面に関するスキルの大切さは、やはり部下の方々にも伝えているのですか?
荒 部下にはなかなか言えないです。でも時折「英語の論文も読んでみた方がいいよ」ということを少し言ったりはします。あとは、Excelをデータベース的に使うことは意外と簡単なので教えています。実際にこうやると簡単に集計できるということを見せたりしていますね。
【7:薬剤師は、今が踏ん張り時】
-次で最後の質問です。同じ薬剤師の方に伝えたいことは何かありますか?
荒 今はとにかく「一緒に頑張りましょう」ですね。本当に「今」が踏ん張り時なので。薬剤師の扱う業務はどんどん増えています。私が働き始めた20数年前からすると、薬剤師が行う仕事量は、実質倍近くになっています。もちろんその分働く人の数も増えてはいますが、人が増えた分また仕事が増えています。
ですが、それが世の中の評価にまだつながっておらず、「薬剤師がこれだけ必要だ」という話にまだなっていません。ということは、今は薬剤師自身ができることを増やしていくべき段階なのかもしれないと思います。評価が追い付くのはもう少し後のことだと思うので、今が正念場だと思っています。